パソコンメーカーに勤めていた父のおかげで、パソコンがお家に来ました。
お気に入りはペイントとプリンス・オブ・ペルシャ。(プリンス・オブ・ペルシャのモノマネ好きなのでふってください。)
あと小さい頃から電子手帳が欲しかったので、ロータスオーガナイザーを起動した時はワクワクしました。
学校の先生にClick&Createを教えてもらい、テストデータをいじっていました。

Click&Createではできない表現があって、どうしたらいいか悩み、プログラミングという手段があると知りました。本屋さんで売っていたでHSPを勉強しました。確か表紙に玉ねぎがあって他の言語の本より簡単そうに見えたのがきっかけです。スクリーンセーバーやおみくじを作っていました。

好きだったONEPIECEのイラストを見たくて、gooを検索して同人という世界を知りました。同時期にスキャナーを買ってもらってコピックのお絵かきをパソコンに取り込んでアップしたり、CGIの掲示板を立てたりしました。

ポストペットにもはまり、アンオフィシャルでキャラクターを育成アイテムや家具をドット絵で作って、インポートしていました。

2ちゃんねるで大規模な祭りがあり、部活から帰ってきたら、毎日のように祭り会場にアクセス。多くの人が同時にインターネットでつながっていると実感することができ、これによりインターネットによりロマンを感じるようになりました。

フリーソフトがいっぱい集められたムック本を買っておもしろそうなものをダウンロードしておりました。ゲームと並んで好きだったのがメンテナンスソフト。窓の手などで設定をいじっていました。窓の杜やベクターにも頻繁にアクセスしていました。

アンディー・メンテというフリーゲームサークルにはまり、ゲームは仕組みとシナリオがおもしろければ面白いと実感しました。(絵はかなり個性的でした。)

Creatures〜生きとし生けるもの達へもとっても好きでした。

また、ペイントでは満足できずGimpなどフリーソフトでお絵かきをしていました。

本屋さんでいつもどおりパソコン書籍コーナーに向かったところ、ルミ姉さんが表示の雑誌を発見。 ウィングラフィックという、Windowsでグラフィックやろうぜという雑誌で、もちろん当時もクリエイティブ作業はMacだよねという雰囲気があったため、Windowsでもできるということに感動しました。早速雑誌を読んでWacomのペンタブレット、Painter6を購入しました。 好きなイラストレーターは原田たけひと先生と寺田克也先生でした。 原田先生のメイキング満たさに萌え系の本を買ったのもいい思い出です。マジキュー・プレミアム 父がホームページ・ビルダーを買ってきてくれて、ホームページ作成もしていました。袋文字、横にスライドする文字など当時のあるあるデザインでした。テーブルタグの角に丸を分割した画像を配置して、角丸の囲みを作るのが好きでした。
ひょんなことからハンドボール部のマネージャーになり、土日も休みがない状況で、ギークな活動もできなかったです。特筆すべきはヴィレッジヴァンガードにはまり、富沢ひとし先生・古屋兎丸先生など普通の女の子は知らないようなマンガを読んでいました。あとは

滑り止めの法学部しか受からず、情報系の勉強をしたいと思っていたのでショックを受けましたが、妹から編入学ということができると聞き、編入を目指すことにしました。東京女子大学コミュニケーション学科にWeb Accessibilityを学べるゼミがいくつかあると知り、試験を受けて合格しました。試験日がテニスサークルの合宿だったため、試験終了後に一人で合宿場に向かったのはいい思い出です。

再びインターネットのどっぷりと住民になったのは就職活動時に息抜きでニコニコ動画を始めたのがきっかけです。

当時、ニフティ株式会社の新人研修は1年あり、わりと定時で帰れる日も多かったです。
そこで勉強をしようと思い、Twitterでとあるつぶやきに返信したことからすべてが始まります。 この「大喜利なう」のロゴとサイトのデザインを作ったところ、仮縫さんからこのサービスで利用しているAPIの作者を紹介してくれることになり、Tokyo Otaku Mode inc. COOのアタカさんに出会いました。当時のTokyo Otaku Modeは会社ではなく完全にサークルであり全員がボランティアメンバーでした。そうして私もTokyo Otaku Modeボランティアメンバーになりました。